用語解説!フラフラで力が入らない..。ハンガーノックとは?
長時間の運動をしていると、急にフラフラになって力が入らなくなってしまう場合があります。これは一般に「ハンガーノック」と呼ばれている現象です。本気でダイエットをしているとハンガーノックが起こる危険性も高まります。ハンガーノックの実態と、なぜハンガーノックになってしまうのかを知って、安全にトレーニングをできるようにしましょう。
1.ハンガーノックとは?
1-1.ハンガーノックの語源
ハンガーノックは、自転車競技の選手やトライアスロンの選手などがよく使う言葉です。ハンガーノックは、「空腹」という意味のハンガー(hunger)と「打ち倒す」という意味のノックダウン(knock down)を組み合わせて作られた造語です。古来から英語としてあるわけではなく、数十年前に自転車競技の選手が使い始めたのが起源だとされています。そのため、欧米ではあまりハンガーノックとは言われず、「hitting the wall」などと表現されるのがふつうです。
ただし日本人として考えると、ハンガーノックというのは非常にイメージしやすい言葉です。なぜなら「空腹で倒される」というのは、ハンガーノックの本質をわかりやすく示しているからです。
1-2.ハンガーノックの正体
人間は食事で得たエネルギーを糖質(グリコーゲン)・脂質・タンパク質(アミノ酸)として体に蓄えています。この3つの中で、すぐに使うことができるエネルギーが糖質(グリコーゲン)です。
グリコーゲンは使いやすいエネルギー源ですので、運動を始めるとすぐに消費されていきます。そしてグリコーゲンを使い切ってしまうと、血液中の糖分濃度が著しく下がってしまいます。通常血糖値は絶妙なバランスで保たれていて、高くなりすぎても低くなりすぎても体にさまざまな悪影響がもたらされてしまいます。そして低血糖により症状があらわれるのが、ハンガーノックの正体です。
2.ハンガーノックの症状
ハンガーノックは、自動車で例えるならガソリン切れのようなものです。ガス欠の自動車が動かなくなるように、ハンガーノックになった人も動けなくなってしまいます。意識はハッキリしているのに、体がまったく動かせないという症状があらわれることもあります。
2-1.ハンガーノックの初期症状
ハンガーノックの初期症状を察知するのは、なかなか困難です。なぜなら、体に力が入らないという状態であることが多く、これは運動による通常の疲労と見分けにくいものだからです。ハンガーノックの初期症状では疲労のほかに、汗が多く出たり、指がピリピリと痺れるように震えたり、体が熱っぽくなったりすることもあります。しかしこれらの症状も、普通の運動時にもあらわれる状態ですので、見極めは難しいでしょう。
2-2.ハンガーノックの末期症状
ハンガーノックの症状がさらに進むと、眠気がしたり、めまいがしたり、頭痛になったりします。また、強い空腹を感じるようになります。この段階まで進むと集中力も低下していますので、正常な判断をしにくくなっています。ふつうはこの段階で満足に体を動かせなくなっていますから、休憩して栄養補給をすることになります。
しかし1人でサイクリングや登山をしていて、なおかつ栄養補給食の準備もしていない状態だと、さらに症状が悪化することもありえます。そうなると、気を失ったり、四肢にけいれんが起こったりし、最悪の場合、命を失う可能性すらあります。
3.ハンガーノックになる基準は人それぞれ
3-1.体に蓄えられるエネルギー量
どのくらいの運動をするとハンガーノックになるのかは気になるところでしょう。しかし残念ながら、これがそうだという基準を出すことは困難です。なぜなら、まず体に蓄えられるエネルギー量に個人差があります。体が大きい人は、蓄えているグリコーゲン量も豊富ですし、体の小さい人は少ないグリコーゲンしか蓄えられません。
3-2.エネルギーを代謝するスピード
また、エネルギーを代謝するスピードも個々人によって変わってきます。体重が重い人は同じ運動でも多くのエネルギーを使いますし、体重が軽い人はエネルギー消費を抑えられます。これに気温などの条件も関係してきます。人間は体温を維持するのにもエネルギーを使っていますから、気温が低いほど余分なグリコーゲンが消費されることになります。
このように、絶対的な基準を出すことは不可能です。しかし平均から割り出した、ハンガーノックになりやすい運動量を参考値としてあらわすことは可能でしょう。そこで、体内に蓄えられるエネルギー量と、運動で消費されるエネルギー量から、ハンガーノックになりうる境界線を探ってみましょう。
4.体内に蓄えられるグリコーゲン量
ハンガーノックに関係するエネルギーは、糖質です。その糖質であるグリコーゲンは、「1gにつき4kcal」のエネルギーになります。そしてグリコーゲンは、血液と筋肉と肝臓に蓄えられています。
4-1.血液中のグリコーゲン量
全血量は、「体重の約8%」とされています。例えば体重が50kgなら、4リットルの血液量があるということになります。この算出された血液量の「リットルをグラムに付け替えた」ものが血中の糖分量になります。つまり体重が50kgなら、4リットルの血液があり、4gの糖質が血液中に蓄えられている事になります。もちろん、大雑把な式ですから正確ではありませんが、血中の糖分はあまり多くないため、さほど問題はないでしょう。
4-2.筋肉内のグリコーゲン量
筋肉量は、「脂肪を除いた体重の半分」ほどであるとされています。例えば体重が50kgで、体脂肪率が20%の場合、筋肉量は20kg(50×0.8÷2)となります。また、「筋肉1kgにつき15g」ほどのグリコーゲンが蓄えられていると言われています。そのため、筋肉量20kgなら300gのグリコーゲンが含まれているということになります。
4-3.肝臓内のグリコーゲン量
肝臓重量は、「体重の2%」程度とされています。例えば体重が50kgなら、肝臓重量は1kgとなります。肝臓に蓄えられているグリコーゲンは、「肝臓重量の8%」ほどとなります。肝臓重量が1kgなら、グリコーゲンは80gです。
4-4.体重50kgで体脂肪率20%の人の貯蔵量
つまり、体重50kgで体脂肪率20%の人が蓄えている糖質は、血液に4g(16kcal)、筋肉に300g(1200kcal)、肝臓に80g(320kcal)で合計384g(1536kcal)となります。ちなみに、大雑把な蓄積カロリー量を知りたいという人は「(体重-体脂肪)×30kcal+400kcal」という計算式に自分の体重を当てはめてみてください。
5.運動による消費カロリー
運動による消費カロリーは、体重と運動強度によって変わってきます。「ランニング」「自転車」について見ていきましょう。
5-1.ランニングの消費カロリー
ランニングの消費カロリーは、「体重(kg)×走行距離(km)」とされています。体重50kgの人が10km走ったら、消費カロリーは500kcalとなります。これがフルマラソンなら、2000kcal以上の消費カロリーとなるわけです。なお、マラソンで「35kmの壁」という言葉がありますが、これは35kmくらいで、体のグリコーゲンが枯渇してしまうために、ハンガーノックの症状があらわれるということを指しています。
5-2.自転車の消費カロリー
自転車の大まかな消費カロリーは、「体重(kg)×走行距離(km)×0.4」で計算できます。例えば体重50kgの人が50km走れば、800kcal消費するということです。もちろん、坂を登ったり、立ちこぎで速度を出すなどをすれば、もっと消費カロリーは増えます。
6.「グリコーゲン量-消費カロリー」でハンガーノックになる?
単純に考えれば、グリコーゲンとして蓄えられたエネルギー量より、運動で消費するエネルギーが大きくなればハンガーノックになると考えられます。例えばこれまでの例から考えると、体重50kg(1536kcal保持)の人は、30kmほど走ると(1500kcal)エネルギー切れになるように見えます。しかし実際には、そう簡単な話ではありません。
6-1.グリコーゲン貯蓄量
まずグリコーゲン貯蓄量は、マックスでその量をためられるということに過ぎません。グリコーゲンは使いやすいエネルギー源のため、ちょっとした運動でも消費されています。そのため上限までグリコーゲンが蓄えられているという状態は、食後しばらくの間のみという事になります。つまり食事から運動までの時間が空いていると、ハンガーノックになる可能性が高まるということです。
6-2.その他のエネルギー源
また、運動による消費エネルギーを考えてきましたが、そのエネルギー全部がグリコーゲンで賄われるわけではありません。なぜなら、人体には「脂肪」というエネルギー源もあるからです。脂質は「1gで9kcal」ものエネルギーを発生させます。
運動を始めると、まずグリコーゲンが消費されていきます。そのまま運動を続けると、脂肪もエネルギーとして消費されていきます。通常の運動強度では、おおむねグリコーゲンと脂肪酸は一対一程度の割合で消費されます。つまり消費されるエネルギーの半分は、脂肪が受け持ってくれるというわけです。ただし運動強度の高いハードな活動では、脂肪の消費量は低くなっていき、運動強度が100%になると、脂肪の消費はほぼ0%になります。
6-3.消費できるカロリーの限界は?
結論として、普通の運動をする場合、蓄積グリコーゲンの倍程度が消費できるカロリーの限界という事になります。例えば体重が50kgの人なら、60kmのランニングが無補給での限界になります。とは言え、限界まで何事もなく動けるわけではありません。限界ののはるか手前で体調不良が出ているでしょう。こうした点も考慮すると、グリコーゲン分の消費カロリーが、ハンガーノックの危険が高まる目安だと言えるのではないでしょうか。しかしもちろん、グリコーゲン蓄積量分の運動をするのは勧められません。もっと早い時点での休憩と栄養補給が求められます。
7.ハンガーノック対策
ハンガーノック対策としてするべきなのは、こまかな栄養補給です。サイクリングや登山、マラソンなど長時間の運動をする前には、事前の栄養摂取を心がけましょう。
7-1.糖質補給の注意点
ただし、砂糖が大量に入った清涼飲料水などでグリコーゲンの補給をするのは、問題があります。こうした食品を摂取すると、急激に血糖値が上がり、それを抑えるためにインスリンの分泌も増えます。その後すぐに運動すると、血糖値の急激な変化が起こりハンガーノックになりやすくなってしまいます。果糖のように血糖値の上昇がゆるやかな、GI値が低い食品で栄養を取ったほうが良いでしょう。
7-2.栄養補給のタイミング
また、登山などで運動が長時間続くようなら、運動前だけではなく、運動途中での栄養補給も重要です。じっさいにマラソンや自転車競技では、レース中でも栄養補給をしますし、登山の場合も2時間に一度は栄養補給するようにと言われています。
7-3.水分補給も忘れずに
また、グリコーゲンを消費する時には大量の水分が必要になります。そのため、ハンガーノック対策には、十分な水分を補給することも大事なポイントとなります。
8.まとめ
長時間の運動をするとハンガーノックの危険性が高まります。これは、運動によって体内に蓄えられたグリコーゲンが無くなってしまうために起こります。グリコーゲン不足で低血糖になると、めまいや頭痛などさまざまな症状があらわれてしまいます。ですから、無理な運動はせず、事前の栄養補給を怠らないようにしましょう。